池波正太郎 「鬼平犯科帳」シリーズ



 鬼平ファンは世に多い。峻烈な裁きと問答無用の切り捨てを実行するにもかかわらず人情家でもある。
若い頃、妾腹(といっても本妻というのは実は鬼平さんが生まれてから、家を継がせる目的で鬼平さんの父と 結婚したわけで)であるがゆえに義母に疎まれ、放蕩無頼、勘当寸前、「悪(わる)」であった鬼平さんである。
であればこそ、盗賊の生きる世界の真実が見えているのだ、と鬼平さんはうそぶくのだ。
この「鬼平」こと長谷川平蔵宣以、(若き日には鐵三郎、通称「本所の鐵」)は、実在の人物なのであるが、この時代は いわゆる幕藩体制の危機の時代であった。すでに商業資本主義が席巻するなかで、商業資本を取り込んで新田開発と商業の 結合によって財政危機を乗り越えようとした田沼意次の政権は、天候にも災いされ田沼の老中失脚をもって終わった。
これに代わった松平定信の政権はともすれば前者の非を難ずることに傾き、緊縮と規制の政策をもって臨んだのであるが、 当初はともかく、やがては「白河のあまりの清きに耐えかねてもとの濁りの田沼恋しき」(白河藩主は松平定信)と皮肉られる ありさまで、折からの飢饉とまた悪徳商人の買い占めもひどかったののだが、これに対して「札差仕法」とよばれる 借金棒引令を発したりしたが、この結果札差(貸金業者)たちは旗本・御家人には金を貸さない、というような状況になってしまった。 いずれ、貨幣中心の経済への趨勢は止めどもなく、そういった中、社会不安と、また政策と実際の矛盾は増大していった。
 そうした時代に長谷川平蔵が火付盗賊改方の長官(おかしら)に就任する前後から物語は始まる。なんといってもこの人物の魅力が大きい。サラリーマン にとっての「理想の上司」である、とよく言われるのも、道理である。 すなわち、仕事には厳しいが部下を信頼し経済的に苦しい部下を援助し、それでいて自ら探索に出向き悪を切って捨てる。 配下の密偵と気楽に酒を飲む(四百石の旗本と、盗賊あがりの密偵が、あの時代に、である)。 また、軽犯罪者の更生のため石川島の人足寄場を老中に進言してつくらせる。社会政策としての勧業による悪の発生の 防止、という刑罰のみに偏らない思想は「自ら悪を知る」ゆえに出てきたものでもあろう。
そういった人柄ゆえに盗賊あがりの密偵たちも貧しい部下たちも「この人のためなら」と命を張る。
 この小説のもうひとつの魅力が、その密偵たちや部下たち、そして鬼平の家族たちの人間くささであろう。
さばけた人柄の妻、久栄。お調子者だが、根は真面目、時には意外な所から手がかりなどを拾ってきて親を助けてもいる 長男の辰蔵。鬼平の母方の従兄、三沢仙右衛門。部下の筆頭与力、佐嶋忠介。同心の酒井祐助、沢田小平次、松永弥四郎、 小柳安五郎、そして木村忠吾。密偵では相模の彦十、小房の粂八、おまさ、大滝の五郎蔵など。また、鬼平の親友の剣客、 岸井左馬之助。本所の茶店のお熊婆さん。そして鬼平の上司、若年寄の京極備前守。これら脇役がなんともいい味をだしているのが、 すばらしい。
 残念なことにこの鬼平犯科帳は未完である。最後の二十四巻の途中で作者の池波正太郎さんは亡くなってしまった。
とはいえ二十四巻の鬼平、何度読んでも面白い、本物の小説である。今となってはこれを繰り返し読むしかないのである。